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トップページ広瀬川の記憶vol.22

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広瀬川の記憶
         掲載日:2010年04月08日
   フリーライター/西大立目祥子さん
vol.22満開の桜の下、吊り橋を渡り八木山へ歩いた


愛宕大橋開通の日

満開の桜におおわれた八木山の吊り橋

これほど多くの市民が八木山まで歩いて出かけたことに驚く。手前が八木山側。撮影は、橋の架け替え工事が始まる昭和37年ごろと思われる。撮影/小野幹


■市内中心部と八木山を最短でつないだ吊り橋

現在の八木山橋 満開の桜の中、橋の上を大勢の人が行き来している。子どもをおぶった女性、妹の手を引く男の子…。家族連れが多いようだ。場所は竜ノ口渓谷にかかる八木山の吊り橋である。この日、小野幹さんは、手前に写る女性4人と連れ立って花見に出かけたのだという。「八木山の野球場のまわりには桜がいっぱいあって、ゆらゆらと揺れる吊り橋を渡って歩いたんですよ」と話す。

 現在の八木山橋が昭和40(1965)年に開通するまで、多くの仙台市民は仙台城跡へ上り、さらに吊り橋を渡って、八木山へと歩いた。現在の八木山動物公園の場所には野球場があり、春には数百本のソメイヨシノが咲き競った。深い渓谷を渡ってハイキングに八木山へ─。それは、この吊り橋が昭和6(1931)年に完成して以来の市民の楽しみの一つだったといえる。

ベーブ・ルースを記念する碑 昭和4年に完成した野球場は、神宮球場を模した本格的なものでバックネット裏には貴賓室を備え、収容人員は2万人近かったという。数々の試合が行われたが、いまだ語り伝えられるのは、アメリカの大リーガー、ベーブ・ルースがここでホームランを2本放ったことだ。昭和9年11月9日、ルースのほか、ゲーリック、ミラーなどスーパースターがそろった全米チームは、鮮やかなプレイで全日本チームを下している。

 そのころ、野球場の近隣には、子どもから大人まで来園者を一日中楽しませて余りある遊園地と運動場もあった。遊園地には、世界一周を楽しめるトロッコ、船のように揺らして遊ぶ丸太、ブランコやすべり台、そして運動場には、弓道場、テニス、バスケット、ラグビーのコートも備わっていた。休日ともなれば、一帯には家族連れの歓声が響いたことだろう。

 これら施設と市内中心部をつないだ近道が、吊り橋だった。江戸時代、仙台城の背後を天然の要害として守った竜ノ口渓谷は、中心部から西方への通行をはばむものだった。明治になると橋を渡す計画が生まれたが実現せず、昭和に入りようやく完成したのである。架橋によって竜ノ口の渓谷美が評判になり、八木山は仙台の新名所となった。

 昭和初め、郷土史家の武山豊治は市内をていねいに歩いたルポの中で、竜ノ口についてこう記している。「竜ノ口に架けた釣橋がたしかに仙台市の誇りとすべき名所である。竜ノ口の渓流を眺むる時は耶馬渓(やばけい・大分県の著名な景勝地)の風景も斯やと思はれる。…春は新緑の鮮やかな風光に接するときは黙々として大自然の威力に驚き、その恵沢に感激せぬ人はないであろう。(仙台市の郷土地誌的概観)」



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